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大阪地方裁判所 昭和51年(行ウ)8号 判決 1979年2月21日

原告 松谷千鶴子

被告 大阪市庭井土地区画 整理組合 大阪市長

主文

被告大阪市庭井土地区画整理組合が原告に対し別紙物件目録記載の土地について昭和五〇年一一月一四日付でなした大阪市庭井土地区画整理事業の仮換地指定処分は無効であることを確認する。

本件訴のうち、その余の請求にかかる部分を却下する。

訴訟費用は、原告と被告大阪市庭井土地区画整理組合との間では同被告の負担とし、原告と被告大阪市長との間では原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告は、第一次的に「一、被告大阪市庭井土地区画整理組合の設立は無効であることを確認する。二、被告大阪市長が昭和四九年一二月二六日付でなした被告大阪市庭井土地区画整理組合の設立認可処分は無効であることを確認する。三、主文第一項と同じ。四、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を、右第三項につき第二次的に「被告大阪市庭井土地区画整理組合が原告に対し昭和五〇年一一月一四日付でなした大阪市庭井土地区画整理事業の仮換地指定処分を取消す。」との判決を求め、被告らは、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の請求の原因

一  原告は被告大阪市庭井土地区画整理組合(以下、被告組合という)が施行する土地区画整理事業(以下、本件事業という)にかかる施行地区内の宅地について所有権を有する者で被告組合員とされている。

二  被告大阪市長(以下、被告市長という)は昭和四四年一二月二六日付で被告組合の設立を認可した。

三  しかしながら、被告組合はつぎの理由により設立無効であり、したがつて被告市長のなした被告組合設立認可処分も無効である。

1  被告組合の本件事業の「施行地区となるべき区域」の定め方の瑕疵

(イ) 被告組合の本件事業計画に定められている施行地区は別紙図面のうち、青色および赤色で塗られた部分であるが、図面に示されるとおり大きくは左上地区と右下地区に分かれ、左上地区においては<1>七四番、八〇番、七二番の二、<2>八八番、<3>五五ないし五七番、<4>七五番、七七番、七八番、八六ないし八八番等の土地と相対する苅田町側の土地、<5>九一番の南側の土地および八二番、八三番の東側の土地、<6>一一七番の一部ならびに六八番、以上約六カ所が施行地区から除かれており、右下地区においては<1>六七番、二一番、<2>一八番の一、一九番の二、一〇番、八番の六、八番の三等の土地の西および北側の土地、<3>七番、<4>一二番、五番、以上四カ所が施行地区から除かれている。

(ロ) 右に述べたように本件事業によつて直接利益を受ける土地が施行地区から除外されているが、これらの土地を含めると土地区画整理法(以下、単に法という)一八条に定める同意、不同意の意見を採るべき者の総数は約一四〇名にものぼる。ところが、被告組合の発起人らは、袋地である農地を宅地化するために右農地より公道に通じる道路を設けることのみを目的とし、形式的に同条に定める「三分の二以上の同意」をうるために、本件事業に反対する多くの者を除外して、恣意的に施行地区を定めたため、(イ)記載の除外地が生じたものである。したがつて、本件事業施行地区の定め方には一貫性がなく、法三条二項にいう「一定の区域の土地」とはいえないものであり、また右約一四〇名を法一八条に定める「すべての者」とすると、本件事業計画については同条の「三分の二以上の同意」はなかつたことになる。

2  法一八条に定める「三分の二以上の同意」についての瑕疵

法一八条に定める「三分の二以上の同意」について前記1の瑕疵があるほか、つぎのような瑕疵がある。

即ち、被告組合の定款および本件事業計画について同意、不同意の意見を採つた者の総数は三八名であり、そのうち四名が不同意であつたとされているが、同意とされた三四名のうち一二名は、発起人から本件事業により何らの負担を負うものではないと約束されて同意したのであつて、真の同意者ではない。したがつて真の同意者は二二名に過ぎず全体の三分の二以上の同意があつたことにはならない。

3  本件事業計画の内容の法令違反

本件事業計画の内容は平等原則に反する。

即ち、前記1のとおり、被告組合員とされる者と本件事業に直接の利害関係を有しながら被告組合員とされなかつた者との間に明らかな不平等があるほか、

(イ) 同じ被告組合の組合員とされながら、原告に対しては数千万円に相当する土地を道路部分として提供させ、他方において神原ら多数の者には土地や金銭の負担をさせない。

(ロ) 被告組合の発起人である山本甚四郎所有地(一一番、一七番の二)、北川辰造所有地(八五番)、中島繁太郎所有地(八四番)等には現在道らしい道はついておらず、その他の組合員となつている多くの者の所有地は主道路から離れた奥の方にあるから、本件事業により主道路へ出る道がつけば非常な利益をうることになるが、原告所有地(七五番)はもともと主道路に面しているのであるから、道路としてその一部を提供させられる負担のみ残り、何ら利益をうるものではない。

(ハ) 被告組合員のなかに建売業者である株式会社阪下ハウス興産がおり、同社の所有地は約一〇、四三〇平方メートルあるが、右土地は自らの費用で道路や上下水道の設置をしなければならないはずであるのに、これを本件事業の施行地区に組み入れているのは、他の組合員の負担において同社に利益を与えるものである。

などの不平等がある。

4  以上の次第で被告組合の設立は無効であり、したがつて被告市長の被告組合設立認可処分も無効である。

四  被告組合は昭和五〇年一一月一四日付をもつて、原告に対し原告所有の別紙物件目録記載の土地について本件事業に基づく仮換地指定処分(以下、本件仮換地指定処分という)をなし、同月一七日右処分は原告に通知された。

五  しかしながら被告組合の本件仮換地指定処分にはつぎの違法事由があつて無効であり、仮に無効でないとしても取消されるべきである。

1  被告組合は前記三の事由により設立無効であり、したがつて本件仮換地指定処分についても瑕疵があることになる。

2  本件仮換地指定処分は法九八条に定める所謂換地予定的仮換地指定処分であるが、換地計画に基づかないものである。

3  本件仮換地指定処分にかかる仮換地が特定できない。

第三被告らの答弁

一  請求の原因一、二記載の事実は認める。

二  同三、1、(イ)記載の事実のうち、一一七番の一部が施行地区から除かれているとの点は争い、その余の事実は認める。一一七番は全部施行地区から除かれている。(ロ)記載の事実は争う。

同三、2記載の事実のうち、意見を採つた者の総数は三八名であり、そのうち三四名が同意したことは認めるが、その余の事実は争う。

同三、3記載の事実は争う。

三  (被告組合)

1  同四記載の事実は認める。

2  同五、1記載の事実は争う。

同五、2記載の事実は認める。

同五、3記載の事実は争う。原告の仮換地は、街区確定計算書と設計書により特定することができ、現地にも境界杭を九本打つてあるから特定できている。

第四被告らの主張

一  被告組合設立の経過

本件事業の施行地区は、大阪市南部に位置し、大和川に沿接し、地下鉄我孫子駅より約五〇〇メートル東南の交通至便の地にあるため、周辺からの宅地化がすすんで農地が蚕食される傾向がみられ、右地区内の道路も細路が数本あるのみで、防災的見地からも好ましい状態にはない。

そこで、昭和四七年四月二九日に開かれた大阪市庭井土地改良区の通常総会において、同組合員全員の賛成のもとに同改良区に属する農地を宅地として効果的に利用するために、この農地について同改良区の資産を用いて本件事業を施行することが決定され、右決定に基づいて被告組合が設立されるに至つた。

二  本件事業の施行地区の決定について

前記のような被告組合設立の事情もあつて、本件事業の施行地区はつぎのような基準に基づいて定められた。

1  施行地区の対象となる土地は、右設立発起当時、庭井土地改良区の組合員の所有地であること。

2  右設立発起当時既に宅地として開発され、市街地を形成している土地は原則として施行地区から除外すること。

3  庭井土地改良区外で苅田耕地整理組合により耕地整理が行なわれた地区は対象外とすること。

4  土地区画整理法施行規則八条に定める技術的基準に適合すること。

殊に右4については同条一項一号によれば、「施行地区は道路、河川、運河、鉄道その他の土地の範囲を表示するに適当な施設で土地区画整理事業の施行によりその位置が変更しないものに接して定めなければならない。」とあり、本件事業の施行によりその位置が変更しない土地の範囲を表示する適当な西端の施設は、原告所有の七五番の土地の西側に接する苅田町と庭井町の境界を通る八メートル道路であり、したがつて原告所有の七五番地を施行地区に入れる必要があつた。

以上の理由により、本件事業の施行地区の決定については何ら瑕疵はないものであり、右基準に適合しない事例もあるが、それぞれ合理的な理由があつてのことである。

三  (被告組合)

換地計画に基づかない本件仮換地指定処分の適法性

本件仮換地指定処分は換地計画を定めずになされた所謂換地予定的仮換地指定処分であるが、道路を造成しまたは拡張し、土地の形態を変更する工事のためになされたものであるから適法である。

理由

一  請求の原因一、二、四記載の事実については各当事者間に争いがない。

二  被告組合設立無効ならびに被告市長のなした被告組合設立認可処分無効確認の訴について。

原告は、本件事業計画が違法なものであると主張して、被告組合の設立無効ならびに被告市長のなした被告組合設立認可処分の無効確認を求めているが、土地区画整理組合の設立の無効確認の訴は、株式会社の設立の無効の訴(商法四二八条)のようにこれを許す明文がないから、これを独立の訴として肯認することは困難であり(もつとも、現在における特定の権利関係の存否確認の訴や本件のような仮換地指定処分の無効確認の訴において、請求をして理由あらしめる事実の一つとして主張することは勿論、差支ない。)、また同組合設立認可処分の段階においては、土地区画整理に関して未だ特定個人に向けられた具体的な処分がなされたものということはできないから、争訟の成熟性ないし具体的事件性も欠くものといわなければならず、したがつて、右各訴とも不適法たるを免れない(昭和三七年(オ)第一二二号昭和四一年二月二三日最高裁判所大法廷判決参照)。

三  本件仮換地指定処分無効確認の訴について。

原告は、本件仮換地指定処分の無効確認を求め、その理由の一つとして、本件仮換地指定処分が法九八条一項に定める「換地計画に基き換地処分を行うため必要がある場合」の仮換地指定処分即ち所謂換地予定的仮換地指定処分であるにかかわらず、換地計画が定められていないことを挙げており、被告組合は、右の点に関し、本件仮換地指定処分は、換地計画に基づかない換地予定的仮換地指定処分ではあるが、同条項に定める「工事のため必要がある場合」の仮換地指定処分であつて、これに何ら違法な点は存しないと主張する。

よつて、右の点について検討する。

法九八条一項において、換地計画に基づいてする仮換地指定処分とこれに基づかないでする「工事のため必要がある場合」の仮換地指定処分とが定められているが、換地計画については、法が「第三章土地区画整理事業」の中に「換地計画」という一節を設け、換地計画を定め、あるいは変更するについての詳細な実体的、手続的規定を置いている。これらの規定によつて換地計画において定めるべき事項およびその実質的な基準ならびに換地計画の設定手続が定められているが、右設定手続についてみれば、換地計画を定めるに当つて、予め換地計画案を二週間公衆の縦覧に供しなければならず(八八条二項)、利害関係者に対し右期間内に右の案に関する意見を提出する権利を与え(同条三項)、右意見の採否について慎重な事後処理方法まで定め(同条四項)、換地計画案が修正されたときには原則として右修正部分についても同様の手続を踏むことを要求し(同条五項)、最後に都道府県知事(本件の場合は被告市長)の認可を受けなければならないこととし(八六条一項、三項)、換地計画を変更するときには原則として右に述べた全ての手続を踏まなければならない(九七条)。

このように、換地計画を定めるについて、利害関係者に対し実質的に関与する機会を与え、その権利を保護しようとしている法意ならびに、換地計画が事業計画に定められた大綱のもとで換地処分を行なうための詳細な実施計画であることを勘案すると、換地とすることを予定した仮換地の指定処分をなすには、必ず換地計画に基づいてこれを行なわなければならず、換地を予定しない一時使用的な仮換地の指定の場合のみに、換地計画に基づかないで仮換地指定処分ができるに過ぎないと解するのが相当である。そうすると、法九八条一項に定める「工事のため必要がある場合」とは、換地を予定しない一時使用的な仮換地の指定に関するものであつて、しかも工事のため仮換地指定処分が必要な場合に限るものといわなければならず、これに違反した仮換地指定処分は重大かつ明白な瑕疵あるものとして無効たるを免れない。

これを本件についてみると、本件仮換地指定処分が換地予定的仮換地指定処分であるのに、換地計画に基づかないでなされたことについては当事者間に争いがなく、これに加え、本件事業の施行地区がもと農地であつたこと(この点は被告組合の自認するところである。)およびその組合員が僅か三八名という小規模な土地区画整理事業であることから見ても、果して本件事業の工事をするために本件仮換地指定処分をなす必要性があつたものかが疑われ、他に右必要性を認めるべき証拠もないから、結局本件仮換地指定処分は無効なものというほかはない。

四  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、本件訴のうち、本件仮換地指定処分の無効確認を求める請求は正当であるからこれを認容することとし、その余の請求にかかる部分は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 井深泰夫 近藤壽邦)

(物件目録、図面)<省略>

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